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これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上のための予算

これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上のために当てられている予算額を知り愕然としました。

 

初任研、「お金かかるけど行く?」

「はい!いきたいです。」こうであってほしい、と思う。

 

そのくらいの覚悟があります。

 

しかしながら、選択制にさせていただきたいと思います。

悉皆研修会では、義務感が否めない。

 

 

 

 

教員の資質能力を育成する制度があります。

しかしながら、このままいくと「ハコモノ」になる恐れがあると思います。

なので、そもそも研修会のあり方さえも問われると思います。

 

もっとも大切なのは、現場での心とこころのつながりです。

 

ミドル層が減少し、若手とベテラン教師の二極化が問題とのこと、

本当にそうでしょうか。むしろ私はチャンスに感じています。

 

生のつながりが大切です。そこで観を磨きます。

 

若手が直球勝負で挑みます。ファストボール オンリーです。

ベテラン教員は多彩な変化球で挑みます。変化球を教えるのではないです。

そして若手には、ファストボールでの挑む心構えを伝えます。挑み方、方法論ではありません。

若手はそれを聴いてもホンモノのファストボールは投げれません。これは身体知です。

技を磨き続け、歳を経るごとにホンモノに近づき、変化球を覚えていきます。

 

チャンスです。

言いたいことは、資質能力が向上するのは本来こうであるべきだと思うのです。

教育の身体知として未熟な若手はベテラン教師の観取りに感謝して直球勝負をして観を磨き続けます。

 

 

ただ制度が確立されている、それならば、それを利用する手はありません。

ならば、「税金で学ぶ」という贅沢な行為に対する義務を果たすべきです。

そして、まず、その額を知り、「税金で学ぶ」ことの贅沢さ実感することが大切だと思いました。

あくまで私の感覚です。

今現在、お金(入学料、授業料)を払い、学んでいる。

1日1日の食費をいかに抑えるかが頭にあります。10円1円単位の世界です。

それでも、学びたいから、目的があるから自力で踏ん張ります。

それが、お金をもらって学べる制度、不思議です。不思議です。

「お金をもらって娯楽を堪能する」という感覚です。