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マナーの在り方

マナーは何のためにあるのでしょうか。一般的に考えると「マナーを守りなさい」とマナーは守るためにある気がします。しかしながら、逆に度をすぎたマナーを守ることは如何なものかと思った次第でございます。確かに喫煙範囲内を守ること、電車で通話をしないなど同じ空間を共有していると、他者が不快な思いをしないように配慮が必要です。また冠婚葬祭等の作法はよりスマートであり、昔からの決まりごとであることからそれに則り行うことが必要となってきます。

しかし、度を過ぎてマナーを遵守することは本当に適切なのでしょうか。その場にあったその時の雰囲気に合わせた行動が必要ではないかと思います。食事の仕方ひとつにしてもそれが言えると思います。誰とどんなところでどんな目的で食事をしているかということです。その目的を失った状態で度を過ぎてマナーを守ろうとすることはマナーの在り方が問われるのではないかと思います。

ただ、しすぎぐらいの意識を持っておいた方がちょうどいいのかもしれません。「おせっかい」の考え方にも繋がるかもしれません。

 

 

明日はいよいよ出会いの始まりです。「謙虚さは無敵である」この言葉を胸に繋がります。繋がっていきます。

 

なぜひとは出会いと別れを繰り返すのでしょう。では出会いと別れはどちらの方が大切ですか。意識としてひとはどちらの方を大切にしているのでしょうか。

私は前に進むために出会いと別れを繰り返すのだろうと思います。そして、どちらも大切ですが、別れの方が大切なのではないかと思います。その理由は、「オワリハジマリ」です。

ただ、まだ数日しか経っていませんが、寂しさがこみ上げてきます。この二年間の出会いは大きすぎました。本当に有難うございます。感謝です。

 

いまから、ここから。